書籍紹介
キリンの首はどうなっている?
シゼンノ編集部
キリン研究の日常
キリン。
首の長い、地上で一番身長の高い生き物である。
このキリンを研究するとなると、キリンの姿を追い求めて、アフリカの大地をSUVに乗って駆け巡るというような絵ヅラが思い浮かぶことだろう。
だが、今回ご紹介する書籍『キリン解剖記』(郡司芽久 著)の著者のキリン研究スタイルは、そういう姿とは少々(?)異なっている。
その一端は、本書の冒頭から早速読み取ることができる。
曰く、
「キリンが亡くなりました」
私の研究は、動物園のスタッフから届くキリンの訃報から始まる。
そう、著者は、生きている野生動物を追いかけ回すのではなく、亡くなったキリンを解剖し、その体の構造を解き明かすことを研究テーマにしている。
学問のジャンルとしては、比較解剖学ということになる。
比較解剖学とは
地球上の生き物は、その系譜を延々とさかのぼれば、最終的には同じルーツにたどり着く。何十億年も前に地球上に生命が誕生し、そこから様々な進化の枝分かれを経て今に至っているのだ。
つまり、その枝分かれの元をたどれば、生き物としての組成の共通点があったりするわけである。
この共通点や差異を、体の構造から詳らかにしていこうというのが比較解剖学だ。
本書でも、キリンの首の骨の構造について研究するに当たって、キリンの近縁種であるオカピの首の構造との比較により差異を見つけ、キリンの首に独特に見られる構造を特定する様子が詳らかにされている。
では、そんな研究が何の役に立つのか。
これは、解剖学だけでなく、様々な分野の基礎研究に対してしばしば投げかけられるナイーブな問いである。
この問いに対しては、都度様々な人達が様々な視点から答えて来たが、ここでは、著者である郡司さんが本書を書いた後に招聘されたプロジェクトを紹介して、ここでの答えとしたい。
実は郡司さんは、「やわらかくてしなやかなロボット」(ソフトロボティクス)の研究・開発をおこなうプロジェクトに招聘されたのである。(例えば、こんなプロジェクトなど。)
どういうことかというと、従来のロボットにはできないしなやかさを実現することで、そのしなやかさが故に壊れにくいロボットを作る、というプロジェクトのようだ。
そのようなしなやかなロボットを作ろうとしたときに、しなやかな動きをする生物の構造がどうなっているのかを解き明かして参考にしよう、というのは当然の着眼であるわけで、そこでキリンの首のしなやかな動きを研究している郡司さんが参加しているというわけである。
ある研究が思いもよらない分野で役に立つ、ということは古今東西頻繁に発生していることなのだから、「その研究は何の役に立つのか」などという問いは、その問いを発する人間が無知を晒しているだけだと言えよう。
閑話休題。
キリンの首は可動域が広い
本書の話に戻ろう。
キリンの首というのは、とてもとても可動域が広い。
水を飲むときなど、キリンはほとんど真下に向かって首を下ろすわけで、人間では(他の哺乳類でも)なかなかそんな角度に首を曲げられない。(ちなみに鳥類はそもそも首の骨の数が全然違うので、とんでもない方向に首を曲げられたりする。)
そんなキリンの首の研究に、著者はいかにしてたどり着いたのか。
本書の前半では、その動機と経緯が生い立ちと共に説明されている。
後半では次第に、首の構造がどうなっているのか、それが稼働にどう影響しているのか、などの具体的な説明が記されている。
ただ、多くの人にとって、本書に添えられている写真だけでは、実際の動きまではなかなか具体的にイメージすることが難しいかもしれない。
実は私も十分にイメージができず、国立科学博物館のキリンの骨格標本を見に行ったのだが、展示されている骨格標本では肝心の部分がよく見えず、失意のうちに帰宅したものである。
だが、その後、解剖検体を使って著者自身がキリンの首の動きと構造を解説してくれている動画がYouTubeにアップされた。
解剖検体がモロに映っているので、苦手な方は見ないほうが良いかもしれないが、そうでない方にはぜひ本書を片手にご覧いただきたい。(当該部分は44分頃から)
ちなみに、この動画の対談相手である新妻耕太さんはスタンフォード大学でヒトの免疫について研究している研究者で、医療・生物分野の様々な研究者との対談をライブ配信しているのだが、上掲の郡司さんとの対談において、郡司さんの話の面白さ・分かりやすさがピカイチであると絶賛している。
実際に郡司さんは非常にアクティブにオンラインでのアウトリーチ活動をされているのだが、そのお話は非常に分かりやすく、それでいて、専門的な内容にまでバシバシ踏み込んでいくので、非常に知的好奇心を刺激される。
機会があれば皆様ぜひご覧いただきたい。
2021年06月26日
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