書籍紹介
自然史博物館のお仕事は「へんなもの」を見つけること?
シゼンノ編集部
今回ご紹介するのはコミック『へんなものみっけ!』。(2021年7月現在、月刊!スピリッツにて連載中。)
自然史分野のフィクション作品を取り上げるならば、この作品こそ真っ先に紹介しなければならないだろう。
主人公は典型的「巻き込まれ型」
市役所に勤める主人公・薄井透は、有能だけれど存在感がなく、同僚に名前すら覚えてもらえない男。
名前すら覚えてもらえないというのは、つまり個としての自我を持たず、市役所の一機能としての存在としているだけの人間ということだ。
プライベートでの楽しみも、スーパーの割引商品を買うことぐらいというという味気無さである。
そんな主人公・薄井が、市役所からの出向で市立の自然史博物館に事務員として異動になるところから物語は始まる。
(多くの市町村立博物館は、そういう人事が普通におこなわれるのだ。)
そこで出会うのが、強烈なアイデンティティの塊のような研究職(学芸員)の人々。
彼/彼女達との触れ合いの中で、最初は戸惑いつつも次第にただの機能のしてではない自我に目覚め、ひとりの人間としての生き方を見つけていく物語である。
こんなふうに書くと、暑苦しくてメンドくさい作品のように思われるかもしれないが、実際は非常にコミカルなタッチで描かれつつ、同時に自然史分野(場合によってはそれ以外の分野も)に関するティップスの散りばめられた、気軽に楽しく読める作品だ。
博物館など全く興味の無かった主人公が、自然史分野の新しい学びを得ていく姿を通して、読者である我々もその学びを共有されていくのである。
作者は元・国立科学博物館職員
作者の早良朋さんは、大学時代にネズミの研究をしていた生物学畑の方で、卒業後には国立科学博物館で標本作りの仕事をしていた。
そんな自然史博物館の中からの視点により、自然史ファンにとってたまらない話題がテンコ盛りの話が毎回繰り出されるわけである。
物語の描写は、さすがに博物館の中の人が描くだけあって、実体験に裏付けられたリアルさに満ちている。
舞台は架空の博物館のはずなのに、ふと「実際のモデルがあるのではないか」と思ってしまうぐらいだ。(実際にモデルがあるのかもしれないが。)
他方、登場人物の中には、実際のモデルとなった人が知られているケースもある。
それが、第3話から登場している海生動物担当の鳴門律子だ。
モデルとなったのは、国立科学博物館の脊椎動物研究グループ研究主幹(2021年7月現在)で海生哺乳類を専門にしている田島木綿子氏だとされている。
(参考記事:「100年先の未来にも、クジラのことを伝えたい」【田島木綿子さんinterview前編】)
おそらく他の登場人物も、特定の1名がモデルになっているということはなかったとしても、複数の人物を組み合わせたりなどして造形されているのだろうと想像するが、如何。
胸がギュっとなる
主人公だけでなく登場人物たちは皆、生き方を模索している人たちである。
がむしゃらに研究者人生を突き進む人もいれば、ポスドク(博士課程修了後)で安定した研究職ポジションが見つからずに困窮している人、まだ自分が何者になるべきなのかが見いだせない学生など、皆、それぞれの人生で悩み、それでも好きなことに関わっていきたいという思いを抱いて精一杯生きている。
そんな人たちの描き方が、本作は絶妙なのだ。
暑苦しくなく、重苦しくなく、ひとりひとりに寄り添うような優しい描かれ方に、読み手としては心がギュっとなる。
本作には、自然史好きにとっての生き方のロールモデルがたくさん示されている。
「大人になるためにはこうでなくてはならない」
という、社会規範という名のノーロジックな押し付けはどこにもない。
自分が中高生のときに本作に出会っていたら、人生はどのように変わっていただろうか。
そんなことをつくづくと考えるような作品である。
2021年07月22日
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