博物館

パレオパラドキシアはチチブサワラの夢を見るか?

第2回 埼玉県立自然の博物館(後編)
シゼンノ編集部

博物館レポート、第2回は前回に引き続き埼玉県立自然の博物館。

今回は岩石の話から少し離れて、化石の話をしていこう。

(取材日:2021712日)

 

 

秩父も昔は海だった?!

 

今の秩父地方は、見事なまでに山に囲まれている。海とは縁遠い。

 

雲海は秩父の名物だが、それは海ではなく雲だ。

今の秩父地方に、海の要素は全く無いのである。

 

が、遠い昔には、秩父は海だった(!)。

 

といっても、「世界の屋根」と呼ばれる高標高のヒマラヤの山々も昔は海の底だったというから、秩父が海だったとしても、それほど驚くには値しない。

 

ただ、海だった頃の秩父の様子を偲ばせる化石には、実はけっこう珍しかったり独特だったりするものが多数存在している。

むしろ、そちらのほうが驚きをもって刮目したいところである。

 

埼玉県立自然の博物館(以下、本館)は、そんな驚きの化石の展示も充実しているのだ。

 

 

秩父が海だった頃の話をしよう

 

昔々、といっても何億年も昔のことではなく、今から1700万年〜1500万年前の話。

秩父は海だった。

より正確に言うと、湾だったらしい。

この湾を「古秩父湾」という。

 

以上が「秩父が海だった」という話の概略なのだが、これだけでは何がどうなっていたのか、全然想像がつかないだろう。

いったい日本列島がどんな状態になったら、埼玉県の奥地(失礼)である秩父が海に没するというのか。

ここは順を追って説明していきたい。

 

まず、3000万年前にはまだ今の日本の大地は、島ではなくユーラシア大陸の東の端を構成していた。つまり、ユーラシア大陸の一部だったわけだ。

それが、大陸の東の端っこが次第に引き割かれるようにして大陸から離れ、1700万年前頃には、ついに大陸と地続きでなくなったと言われている。

大陸から離れたその東の端っここそ、今の日本列島の原型なのである。

 

といっても、まだまだ当時は今の日本列島の形からは程遠く、たくさんの小島が離れたりくっついたりしながらだんだん今の姿になっていったと考えられている。

 

その過程で、今から1700万年〜1500万年前には、今の秩父盆地に当たる部分が海の底になっていたとされている。

(このあたりの詳細も、本館では非常に分かりやすいパネルで解説されているので必見だ。)

 

しかし、ひとくちに1700万年〜1500万年前といっても、時代感覚がピンとこない人も多いのではないか。

そんな方のために、非常に雑な時代感覚の説明をしよう。

 

恐竜が絶滅したのが約6600万年前なので、1700万年前というと陸上ではもうすでに大型の哺乳類が大繁栄していた時代だ。それも、この時期はまだ地球上にマンモスが登場する1000万年以上前のことでもあり、今の動物とはかなり様子の違う不思議な姿の大型哺乳類たちが生きる世界である。

 

 

古秩父湾の生き物たち

 

その頃の秩父は今より温暖だったようで、造礁サンゴなどの化石も当時の地層から見つかっている。

そんな温暖な海で、かなり多様な生物が暮らしていたことが化石の様子から見て取れる。

 

やはり海なので、魚や貝の化石が多い。

例えば、和名に「チチブ」とついている魚や貝だけでも、チチブサワラ、チチブサルボウ、チチブホタテ、チチブキリガイダマシなど、かなりの数にのぼる。

 

また、特に珍しいのがチチブクサビフグというマンボウの仲間(現生種のクサビフグはマンボウ科である)の化石だ。

チチブクサビフグは、国内で知られている唯一のマンボウ科の化石種である。

(写真は、取材当日開催されていた企画展「ジオパーク秩父へ出かけよう!」(20211017日まで開催)で展示されていたチチブクサビフグの化石。)



なお、本館の展示解説書をよく見てみると、このチチブクサビフグらしき姿がイラストに描かれているので、ぜひ探してみて欲しい。

 

さらに、海棲動物は魚や貝だけではない。

クジラなどの海棲哺乳類にも「チチブ」の名を冠する種がいる。それが本館常設展の一角を占めるチチブクジラである。

(ちなみに、秩父地方の中の一地域である小鹿野の名を冠した「オガノヒゲクジラ」も並んで展示されている。)



また、古秩父湾の海棲哺乳類といえば、決して忘れてはいけないのがパレオパラドキシアだ。



パレオパラドキシア系統はすでに絶滅してしまっている。

生体復元模型などを見るとまるでカバのような姿なのだが、骨格が全然違っており、現生哺乳類のいずれにも該当しない。このため、生態も含めて謎に包まれた古生物である。

(復元模型は本館入口前に設置されている。)

 


古秩父湾にはパレオパラドキシアが数多く生息していたのか、世界の中でも特に秩父からの化石産出が目立っている。

しかも、秩父から見つかっている化石のうち、2体は全身化石である。

このような事情もあり、秩父鉄道の蒸気機関車はパレオパラドキシアにちなんで「パレオエクスプレス」と名付けられている。

 

このように、古秩父湾には豊かな生態系が存在していたことが想像できるのだが、1500万年前には外秩父山地の隆起により湾の開口部が塞がれ、海はこの地から無くなってしまったと考えられている。

 

こうして秩父のパレオパラドキシアや古秩父湾の生き物たちは、一部が化石として姿を留め今に伝えられているのである。

埼玉県立自然の博物館でそんな化石たちと対面しながら地質学的スケールの時間の流れに身を委ねるのも、素敵な時間の過ごし方だろう。


(了)

2021年08月07日
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