書籍紹介

「自然史」ではなく「地球環境史」である意義

『百年先 地方博物館の大きな挑戦』(ふじのくに地球環境史ミュージアム 編)
シゼンノ編集部


各都道府県にはそれぞれ都道府県営の博物館がある。(自然史を扱っているとは限らないが。)

今回紹介する『百年先 地方博物館の大きな挑戦』は、静岡県営の博物館・ふじのくに地球環境史ミュージアムが自らを紹介する書籍なのだが、この博物館はいろいろな意味で非常にユニークな博物館で、私も大好きな博物館の1つである。

 

本書は、展示を漫然と見学するだけでは得られない、博物館設立の経緯や展示の工夫、展示を見学する上でのより深い観点など、様々なインプットを与えてくれる一冊だ。

 

 

掟破りの「予算ゼロ」スタート

 

ネタバレになってしまうのだが、本書の「あとがき」において、館の開設準備時における衝撃の事実がさらっと書かれていた。

 

「展示標本購入費はまさかのゼロ円であった。」

 

こんな衝撃的な一文に触れることは、そうそうあるものではない。

 

どこの博物館も予算の確保には苦労をしているわけだが、ド新規で立ち上げる県営博物館で展示標本を購入する予算がゼロというのは、目を疑った。

しかも、訪れたことのある方なら分かると思うが、実際にの展示は、展示標本購入費がゼロだったとは思えない充実ぶりである。

 

建物は廃校のリノベーションであり、校長室や教室だった部屋が展示室として活用されているのだが、各部屋ごとに設けられたテーマに沿ってデザイン性に優れた、視覚的にも楽しい、それでいて学びの多い展示が繰り広げられている。

中には、非常に貴重な標本も展示されており、よくこれだけの展示が予算ゼロで実現できたものだと驚かされる。

 

事実この展示は高く評価されており、2016年、一般社団法人日本空間デザイン協会が主催する「DSA日本空間デザイン賞」の大賞に選ばれた。

 

ただし、「予算ゼロでも、やればできるじゃないか」ということが変な(あるいは、無責任な)成功体験にならないよう、予算ゼロであるが故にできなかったこと、できていないことについて、行政側はきちんと理解して改善を図ってほしいところである。(見学者はそんなことまで考えなくて良いと思うけれど。)

 

 

対話も展示である

 

ふじのくに地球環境史ミュージアムは、設立計画段階では自然史分野の博物館とされていたが、「自然史」ではなく「地球環境史」を館の名称に掲げる施設としてオープンした。

「自然」を包括する「地球環境」にまで視野を広げた意欲的なコンセプトである。

 

環境という言葉は、意味が広い。

人間が大きく影響を与えるもの(破壊するにしても保護するにしても)としての「環境」だけでなく、そこに存在している空間としての「環境」も含意する。

この「環境」に対して、博物館(=研究施設)であるふじのくに地球環境史ミュージアムはどのようにアプローチするのか。それは、展示だけでなく、対話を通して見学者一人ひとりに思考を促すというスタイルである。

 

多くの博物館では、学芸員やインタープリター(展示について教えてくれる方々)との対話の機会は必ずしも多くない。ともすれば、博物館の主催するイベントや館内ツアーに予め申し込むことでしか機会を得られない場合もあるだろう。

それも、「対話」が発生するかというと疑問が残る。参加者は一方的にインプットすることに終止する場合も少なくないだろう。

 

これに対し、ふじのくに地球環境史ミュージアムでは、開館日には毎日数回、インタープリターによる「対話」を専門におこなう「展示室」が設けられている。

そこに定刻までに足を運べば誰でも、インタープリターによるファシリテーションで、都度設けられたテーマに沿った「対話」に参加することができるのだ。

「対話」をすることで、「環境」(自然環境保護という狭い文脈での「環境」ではなくもっと広い意味での)に対する思考を深める機会が提供されているわけである。

(もちろん、そういうことに興味の無い見学者は、その展示室を訪れなければ良いだけのことである。強制されるわけではない。)

 

また、館内には多数のインタープリターが配置されており、展示について随時解説してもらうことが可能だ。

展示パネルには書かれていない、ちょっとしたトリビアなども教えてくれるので、展示をより多角的に楽しみ理解することができる。

 

 

展示に込められた思い

 

ここまでは、ふじのくに地球環境史ミュージアムの全体像に関わる部分について紹介してきたが、本書ではそれだけでなく、個別の展示室のテーマに込められた思いや、その思いを具現化する展示の数々についても解説されている。

 

主たる展示は動植物や地質に関するものだが、「自然史」ではなく「地球環境史」であるので、人間と環境の関わりについての展示もしっかりとスペースが確保されている。

本書ではそれら一つ一つについて、背景にあるコンテクストを含めた解説がなされているので、展示に対する理解を深めるのにこれほど有用なテキストは他に無いだろう。

 

見学の前に読むのか、見学の後に読むのか、はたまた、見学してから読んでその後にまた見学するのか。

本書の使い方は様々であろう。

 

もちろん、展示に関して解説しすぎることの是非、ということについては議論があるだろう。

しかしながら、そもそも前提となる知識がなければモノを考えることも難しいわけで、本書のようなコンセプトの本がもっとたくさん出版されることを願ってやまないのである。

 


2021年08月24日
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