書籍紹介
このサメ本は良いサメ本だ
シゼンノ編集部
今回紹介するのは『寝てもサメても 深層サメ学』。
タイトルの「寝てもサメても」の部分ですでに「やりやがったな」感があるところに、さらに帯の背表紙部分には「目ザメよ、好奇心!」という惹句が踊る念の入れよう。
だが、このダジャレ感から、ノリだけの薄っぺらい本だと思ったら大間違いだ。
実態は、サメの興味深い生態について最新の研究を交えながら一般向けに平易に解説してくれている良書である。
読まなければ損だ。
サメは人気者?
ここ数年、サメについての書籍が立て続けに出版されている。
その嚆矢となったのは沼口麻子さんの『ほぼ命がけサメ図鑑』(2018年5月刊)だったのではないかと管見するのだが、実際のところはよく分からない。
もちろん、書籍だけでなく、IKEAのサメのぬいぐるみが世界的に流行るなど、サメが身近な存在になってきているのかもしれない。
映画『ジョーズ』を知らない世代も増えて、不当に不安を煽られることが少なくなったからかもしれない。
そんな人気者のサメだが、その生態についてはあまり分かっていないという。
サメは、その殆どの種が深海性なため継続的な観察が難しく、体のサイズも比較的大きいことから、飼育観察についてもハードルが高いのだ。
だが、そんなサメについて、飼育も含め生態研究を盛んにおこなっている施設がある。
それが、沖縄の大人気スポットである美ら海水族館である。
『寝てもサメても 深層サメ学』の著者は2人とも、美ら海水族館を運営する一般財団法人・美ら島財団所属の研究者で、美ら海水族館での優れたサメ飼育の恩恵を受けてサメ研究の実績を上げているのだ。
シゼンノは自然史博物館の情報を扱うサイトなので、残念ながら美ら海水族館の情報は掲載していない。
が、自然史を扱う本サイトとしては、サメ研究の成果を我々一般向けに、専門的内容に踏み込んで解説してくれる本書を紹介しないわけにいかない。
サメの生態は謎だらけ?
先にも触れたとおり、本書は、美ら島財団所属の2名の研究者(佐藤圭一さん、冨田武照さん)による共著である。
本書は5〜6ページ程度の短い節で構成されているのだが、その節をどちらの著者が著したのかもきちんと示されている親切構成になっている。これにより、2人のそれぞれの色がはっきりと現れていて、非常に興味深い。
というのも、佐藤さんは学生時代から水産学畑だが、冨田さんは元々は古生物学から研究者人生が始まったそうで、サメの形態や生態に対するそれぞれのアプローチの仕方の違いが文章の内容にも現れているのだ。
冨田さんは古生物学からサメ研究へと進んだ方なので、本書の中でも、化石や進化といった話題が多く、佐藤さんはサメの生殖活動や出産といった繁殖に関する話題が多い。
その中でも、ここで特にここで取り上げたいのは、サメの繁殖方法に関することだ。
かつてはサメの繁殖方法として、卵生、胎生、卵胎生の3通りがあると言われていた。というか、サメにちょっとでも詳しい人は、そうだと思っている人が多いのではないか。
だが、本書によると、「卵胎生はサメ研究者の間では近年あまり使われなくなった言葉」なのだそうだ。
では、これまで「卵胎生」と言われてきた、お腹の中で卵を孵化させるパターンは何なのかというと、「卵黄依存型の胎生」であり、胎生の一種と考えるべきとのことだ。
より具体的なことは本書を是非読んでほしいと思うのだが、このように、ちょっと前までの常識が一般人から見たときにいつの間にか覆っているのが研究の世界である。
そのような「常識」のアップデートのためにも、本書のような、ただ面白可笑しいだけに留まらない本を読んでいきたいところだ。