書籍紹介
博物画の究極・オーデュボンの絵をその手に
シゼンノ編集部
千葉県我孫子市にある鳥の博物館では階段の踊り場に、19世紀に描かれた博物画が展示されている。
その絵を描いたのはジョン・ジェームズ・オーデュボン(1785〜1851)。
カリブ海に浮かぶフランス領サン=ドマング(現ハイチ共和国)に生まれ、フランス本国に移住後、ナポレオン戦争を避けてさらにアメリカに移住。
アメリカにて、北アメリカに生息する鳥類435点を原寸大で写実的に描いた版画集を出版した。タイトルは『The Birds of America(アメリカの鳥類)』。
その版画集に収められている鳥は、マシコやイスカのような小鳥ばかりではない。フラミンゴやペリカンのような巨大な鳥も原寸大で描かれているのだ。
そのため、原書の判型はとんでもなく大きく、縦99cm、横66cmというから驚きだ。
今回紹介する『オーデュボンの鳥』(新評論編集部 編)は、その『The Birds of America(アメリカの鳥類)』から150点をピックアップして掲載し、巻末には、掲載されている鳥の実際の写真と生態の解説も載せられている。
ただし、版画のサイズをそのままにというわけにはいかず、A5判サイズにリサイズした縮小版となっている。
博物画の写実性
オーデュボンが活躍した19世紀前半といえば、地質学や生物学が大きく発展した時代でもある。(その果実を受け継ぎ、1859年、満を持して発表されたのがダーウィン『種の起源』であると言えよう。)
その当時、写真技術は黎明期であるから、動植物の記録を残すとなれば絵画しか手段が無かった。そこで培われていたのが、対象となる動植物を精緻に記録する博物画の手法である。
ちなみに、日本での博物画の幕開けは川原慶賀だと言われている。
川原慶賀は江戸時代末期の人で、長崎の出島に商館付医師として来日していたシーボルトの依頼で日本の動植物(だけでなく、民俗、風景なども)の絵を描いて提供していたことで知られている(これもまさに19世紀前半の話である)。シーボルトは、その絵画を以てヨーロッパに日本を紹介した。
もちろん、当時の日本には博物画の技法は存在せず、川原慶賀は出島にてオランダ人画家から技法を学んだとされている。
このように、19世紀前半当時の生物学の研究は、博物画無しには成立しえなかった。
オーデュボンの『The Birds of America(アメリカの鳥類)』は、そのような博物画の究極の姿のひとつと言えよう。
すでに絶滅した鳥も
そんな『The Birds of America(アメリカの鳥類)』を現代日本において廉価で紹介しようという試みが結実したのが、本書『オーデュボンの鳥』だ。
現代の日本人向けに『The Birds of America(アメリカの鳥類)』を紹介するにあたり、本書ではいくつもの工夫が施されている。
その最たる点は、生物多様性や環境保全といった観点を盛り込んでいることである。
本書は、原書での掲載順番そのままで載せるのではなく、テーマを設けて、そのテーマごとに章立てして掲載されているのだが、その一番最初のテーマが「消える種」。
オーデュボンが描いた当時から今日までに絶滅が確認されている5種をはじめ、多数の絶滅危惧種や危急種が掲載されている。
その中には、鳥好きならみんな知っているが、それでいて実際に生きている姿を見たことのある人はもういないリョコウバトの絵も。
我々が見ることのできる写真や標本では、リョコウバトがどんな生活をしていたのかをイメージすることは難しい。が、オーデュボンの絵では、そのリョコウバトのつがいが、食べ物の受け渡しでもしているかのような仲睦まじい姿で描かれている。
19世紀前半にはきっとこのような姿がアメリカのどこででも見ることができていたに違いない。200年の隔たりの大きさに溜息の出る思いがする。
本書の意義
本書は、その帯にも書かれているとおり「普及版」である。
普及版であるからこそ、判型も原書のとおりではないし、掲載されている絵の数も約3分の1である。
が、本書は同時に「日本初の」普及版であり、そのおかげで我々のような市井の個人が、それほど悩まずに購入することができる価格に抑えられている。
これこそが本書の最大の功労である。
いつか本書を片手に、アメリカに野鳥観察に行きたいものである。