書籍紹介
同定への道
シゼンノ編集部
野生生物好きならば誰しも、フィールドで見かけた動植物の種を同定しようとして図鑑をめくるも、結局「よく分からん」とモヤモヤしたまま諦めた経験があるだろう。
博物館の展示ならば全て解説付きで展示されているので、このようなモヤモヤを抱くことはないだろうが、フィールドではそうはいかない。
今回紹介する『図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか?』(須黒達巳 著)は、そんな我々の心を見透かして煽るようなタイトルだ。
もちろん本書は単に煽っているのではなく、種を同定するために必要な着眼点やトレーニング法のコツを懇切丁寧に解説してくれている。
そういったコツのひとつとして、図鑑の使い方についても多々言及されているので、同時に図鑑リテラシーも身につくという、面白くも実用的な本である。
「みんな同じに見える」から始める同定作業
図鑑といえば、文一総合出版の「ハンドブック」シリーズという図鑑がある。
ハンドブックというだけあって、薄くて判の小さな図鑑なのだが、『ウニ ハンドブック』『ハムシ ハンドブック』といったようにピンポイントなテーマに絞って一冊が構成されているので、簡にして便、かつ、マニアックな図鑑シリーズだ。
本書の著者は、この「ハンドブック」シリーズの『ハエトリグモ ハンドブック』の著者でもある。つまり著者は、図鑑の作り手でもある著者が図鑑の使い方のコツを伝授してくれるものでもある。
(ちなみにハンドブックシリーズでは、『ハエトリグモ ハンドブック』とは別に『クモ ハンドブック』も出版されている。)
そんなハエトリグモの専門家である著者が同定のコツを解説するとなれば、当然ハエトリグモを例にするのかと思うところだが、実はハエトリグモの話はほとんど登場しない。
著者自身が専門とするハエトリグモの同定の仕方を大所高所から解説する、などという退屈なスタンスではなく、なんと、著者自身がド素人であるシダ植物の同定をすることを通して、同定作業に慣れていくステップを実演風に著してくれているのだ。
いわく、
ここでの私の立ち位置は、「シダはまったくの素人。でも、図鑑で物を調べることに関してはそれなりに経験のある人」です。そして、ひとまず目指すのは「シダの観察を楽しめる程度に見分けられる」レベルとします。
としつつ、さっそくシダの図鑑を2冊買ってきてパラパラめくってみた最初の感想として、
「すごくみんな同じに見えるぞ・・・・?」
と述べている。
この戸惑いは、生き物好きが誰しも通る道、いわゆる「あるある」ではないだろうか。
こうして、著者自身が四苦八苦しながらシダの見分け方を習得していく過程は、単純なドキュメンタリーとしても面白く、「みんな同じに見える」状態から脱してシダの区別がつくようになっていく様(これを著者は、別の本からの引用を用いて「世界の解像度が上がる」と表現している)は、読者に「自分にもできるようになるかもしれない」という希望を持たせてくれる。
もちろん、実際に同定をできるようになっていく過程は、本書に記されているような一本道ではなく、もっと紆余曲折があったり挫折があったりするのではないかと思うが、初学者(特に独学をする人)にとっては、このような過程を詳細に示してくれている本書は、非常にありがたい存在だ。
余話
『ハエトリグモ ハンドブック』は、2022年4月に増補改訂版が出版され、新しく名前が付けられた10種が加えられている。
『図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか?』を読んで、自宅に出没する小さなクモを同定したくなった方には、ぜひ購入をお勧めしたい。