書籍紹介

政治家でなく、在野のチョウの研究者としての鳩山邦夫氏について

『チョウを飼う日々』(鳩山邦夫 著)
シゼンノ編集部


当サイトでの書籍紹介では、できるだけ直近に出版された本を紹介することにしている。

だが、今回は少し趣向を変え、1996年に出版されて現在では絶版になっている本を紹介したい。

それは、2016年に現役の代議士のまま亡くなった鳩山邦夫氏による著書『チョウを飼う日々』だ。

 

鳩山邦夫氏といえば、名門・鳩山家に生まれて早くから国会議員として活動。主要閣僚を歴任し、一時は自民党の総裁選や東京都知事への出馬などが取り沙汰された大物政治家だった。

その言動は時に批判の的になることもあり、今でも名前を聞いただけで眉をひそめる人もいるかもしれない。

 

が、ここでは氏の政治的な遍歴・信条について取り上げることはしない。

なぜなら、氏が著した他の書籍と異なり、本書のテーマは政治や政策ではなくチョウ(蝶)なのだから。

 

知る人ぞ知るチョウ屋

 

当サイトをご覧になるような方々には今さら説明するまでもない事柄とは思うが、昆虫マニアの人々は自身を「虫屋」と呼ぶ。

その「虫屋」の中でも、専門とする種によって「カミキリ屋」「ハチ屋」など種の名前を冠して呼んだりするのだが、鳩山邦夫氏はチョウまっしぐらの「チョウ屋」であった。

 

本書によるとその原点は、小学校一年生の夏、家族で出かけた軽井沢の別荘(さすが鳩山家である)の庭で、兄(言わずとしれた鳩山由紀夫氏だ)やいとこが捕まえたクジャクチョウの美しさに心を掴まれたことだったという。

 

そこからチョウにのめり込み、一時的にチョウから離れていた時期はありつつも、忙しい代議士活動の傍らで生涯を通してチョウ研究に勤しんだ。

その活動内容も、単に捕虫して標本にするだけのコレクターではなく、飼育・繁殖をさせるという「飼育屋」だった。

本書の半分以上は、その飼育屋としての試行錯誤やノウハウなど、当時の邦夫氏の知見を惜しみなく、時に苦労話と共に表現することに費やされている。

 

その中にあって、氏独特のリップサービス癖もあるのだろう、秘書を動員した人海戦術的な飼育法も明かすなど、現代ならばバッシングされること必至の記述もチラホラあり、令和の感覚で読むと思わず苦笑いをしてしまう。(そこはやはり30年前に著された本であることを念頭に置いて読むべきだろう。)

 

このような「飼育屋」としての原動力の一つが、氏の自然保護・保全に対する熱い思いであったようだ。

氏はすでに当時から、乱開発や乱獲による種の絶滅危機を問題視していたようで、それを補う手段こそ「飼育」であるという考えが本書では繰り返し述べられている。

もちろん、自然保護・保全に関する考え方は30年前から比べると様々な点で進歩があり、本書で述べられている手法が必ずしも今でも肯定されるわけではないかもしれない。

が、チョウを通して自然を深く愛し、深く学び、それをなんとかして守りたいという思いの強さと、政治家としても在野の研究者としても実現に向けて心血を注いでいたのだということを知るにつけ、心を揺さぶられる。

 

標本の行方

 

本書によれば、飼育・繁殖させた個体は、標本として保存することが多かったようだ。

それらの標本について、氏は以下のように記している。(少し長いが、引用する。)


標本は理解者を得れば何世紀でも生き続ける。私は展翅をしながらいつも自分の死後を思う。まぎれもなく私の両の手によって作成されつつあるこの標本は、100年後いったい誰の手の内にあるだろうか。そして200年後、どこかの博物館で“20世紀の日本のチョウ”をめでてくれている少年少女たちの姿を夢にえがく。さらに数百年ののち、「その昔、チョウを愛し、チョウを飼育し、それらの標本を作りあげたアマチュア研究家・ハトヤマクニオという人がいた」と何らかのイメージを抱いてくれる自然愛好者が一人でも現れてくれるなら、また私の生命も不滅ということになりはしないか。


それでは、氏が亡くなった後、大量の標本たちはどうなったのか。

 

実は2021年に、氏の奥様であるエミリー氏によって東京大学総合研究博物館に寄贈された。

まさしく、故人の思いを汲んでのことなのだろう。

 

標本は、個人が保管し続けるのは非常に難しい。カビが生えたり、虫に食われたり、破損・廃棄されたり、火事で消失したり、驚くほど簡単に失われてしまう。

実際、本書でも、大事な標本がヒメマルカツオブシムシに食べられてしまったり、焼失してしまったりといった話が記されている。

だが、博物館(それも、東京大学総合研究博物館)が保管するとなれば、滅多なことでは失われたりしないだろう。氏が望んだとおり、数百年後にも後学によって学習や研究に使われる可能性も大きい。

 

なお、数百年後の話ではなく、この原稿を書いている今(20226月時点)まさに東京大学総合研究博物館「スクール・モバイルミュージアム」と銘打って、氏のコレクションの展示が行われている。

 

「蝶 ―魅惑の昆虫―」

http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2022chou.html

20221031日まで。会場は東京大学総合研究博物館内ではなく、文京区教育センター

 

ちなみに、この展示の展示指揮のお一人が、本書の第8章に登場する矢後勝也氏である。

矢後氏は、現在は東京大学総合研究博物館教授だが、本書では1993年に「チョウ担当」として採用された秘書として登場する。

 

本書を読んだ上でこの展示を見学すれば、より深い理解と学習が進むのではないかと思う。

興味のある方は、古書店や図書館で探してみてはいかがだろうか。

 

 


2022年06月08日
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