書籍紹介
タロ、ジロ、そして第三の犬
シゼンノ編集部
『南極物語』のアナザーストリー
団塊ジュニア世代以上には懐かしい映画『南極物語』(1983年公開)は、上映当時、日本中がその話題で持ちきりになるほどの大ヒットで、日本での映画興行収入ランキングでは27位に位置している。(2021年3月7日現在 興行通信社調べ)
2011年にはテレビドラマ『南極大陸』としてリメイクされ、木村拓哉さん主演で話題にもなった。
この『南極物語』は実話をモデルとしている。
それは、1957年の第一次南極観測越冬隊の犬ぞり牽引で活躍したカラフト犬15頭が、様々なトラブルの結果、南極の昭和基地に1年間置き去りにされてしまったという事件である。
その15頭の生存は絶望視されていたが、1年後に第三次南極観測越冬隊(第二次は中止された)が昭和基地を訪れると、奇跡的に2頭のカラフト犬が生存していた。
その2頭が、タロとジロである。
さて、ここまでは多くの人が知るタロとジロの物語なのだが、実はこの2頭が生き残るために重要な役割を果たし、第三次南極観測越冬隊が昭和基地を訪れる少し前までタロ、ジロと共に生きていたと思われる「第三の犬」がいたというのである。
その「第三の犬」の謎を解き明かすのが、今回ご紹介する書籍『その犬の名を誰も知らない』(嘉悦 洋 著、北村 泰一 監修)である。
第一次南極観測越冬隊員の最後の心残り
本書は、本書の監修者である北村泰一氏が、著者である新聞記者(当時)の嘉悦洋氏の取材で発した一言から始まる。
「あなたもそうですが、誰もが、昭和基地で生きていた犬はタロとジロだけだと思っています。ところが本当は違う。もう一頭、生きていたんです。」
北村氏は第一次南極観測越冬隊で、本業である地球物理学のためのオーロラ観測の傍らで、カラフト犬たちの世話係に従事していた。第三次南極観測越冬隊にも参加し、生き残っていたタロとジロを同定したのも北村氏である。
その北村氏が、「もう一頭、生きていた」という事実を知ったのは、1982年のこと。第一次南極観測越冬隊の仲間である村越望から聞いたのだ。
「生きていた」というものの、タロやジロのように第三次隊が到着したときまで生きていた、ということではなく、第三次隊が到着する少し前まで生きていたであろうことが、第九次隊の隊員が発見した「第三の犬」の遺体から判明した、ということである。
しかしながら、その遺体の発見状況や、そもそもその遺体がどの犬のものであったのかなど、全く記録に残っていない。第九次隊に参加した人々に聞いても証言がはっきりしない。
北村氏は、その「第三の犬」の謎を解くべく資料を収集したり、関係者に話を聞いたりしていたが、1994年に学術調査で訪れたチベットで高山病に倒れ、その後も後遺症を引きずる中で思うように「第三の犬」の調査は進まなかった。
時は流れ2018年、住宅型有料老人ホームに入居していた。そこに現れたのが著者である嘉悦氏だった、というわけである。
この後、北村氏と嘉悦氏は約2年にわたって「第三の犬」について資料を収集し、読み解き、考察する。
その過程で、経年により薄れていた北村氏の記憶が続々と鮮明に蘇ってきて、点と点が線でつながっていく。
本書の前半は、北村氏視点で語られる第一次越冬隊での犬たちとの日々を嘉悦氏が物語風に記している。
この部分は、単に読み物としても充分に面白いのだが、実は後半の謎解きに非常に重要な伏線になっている。
どういうのも、この前半部分では、個々の犬たちの個性や犬同士の関係性なども詳細に描かれており、これが重要なヒントとなるのである。
本書の書評の中には、この「第三の犬」がどの犬なのか、いわゆるネタバレをしてしまっているものも散見されるが、ここではあえてどの犬だったのかは言及しない。本書の構成上、著者はおそらく謎解き要素も重要視しているだろうことが想像できるし、その著者の意図に沿って読んだほうが圧倒的に楽しめると思うからだ。
是非みなさんにも、この結末に胸を熱くしていただきたい。
余話
ちなみに、その後タロとジロは南極で何年か過ごした後、ジロは南極で客死、タロは日本に帰国したあと北海道大学植物園で飼育されて天寿を全うした。
タロの剥製は北海道大学植物園博物館に、ジロの剥製は国立科学博物館に、それぞれ展示されている。
余話2
監修者である北村氏から国立極地研究所に資料等が寄贈されており、その一部をホームページ上で閲覧することができる。
本書に登場するカラフト犬たちの写真なども掲載されている。
国立極地研究所 北村コレクション
http://polaris.nipr.ac.jp/~archives/contents/kitamura.html
2021年04月18日
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