書籍紹介

化石発掘史上、伝説の少女の物語

『ライトニング・メアリ 竜を発掘した少女』(アンシア・シモンズ 著)
シゼンノ編集部


19世紀初頭、まだダーウィンの『種の起源』が世に出る半世紀も前、イギリスの南部沿岸に住む1人の少女が、近所の海蝕崖から産出される化石を収集・販売して家計の手助けをしていた。

その少女の名前はメアリ・アニング。

古生物ファンの間では有名な化石ハンターであり、十分な教育を受けられない環境に育ったにもかかわらず、成長したのちには地質学分野の科学者として古生物研究に大きな貢献をすることになる。

 

今回紹介する『ライトニング・メアリ』は、そんなメアリ・アニングの少女時代を描いた物語である。

 

 

本書のコンセプト

 

メアリ・アニングは、幼い頃から化石を採集し、それをお金持ち相手に販売していた。それは、彼女の父親がそうして生活費の一部を稼いでいただめで、その父親から彼女は化石採集の手ほどきを受けていたわけである。

 

メアリの父親は、彼女が11歳のときに亡くなってしまうが、その後もメアリは化石の採集を続け、後に「イクチオサウルス」と命名される魚竜の化石の一部を12歳のときに発見、13歳のときに残りの全身を発掘し、早熟な化石ハンターとして地質学界にその名を知らしめることとなる。

 

彼女が化石を掘り出したのは、販売することが第一目的ではあるものの、後年ただの発掘人ではなく科学者としての活動をおこなうことから考えれば、ただの金銭目的のみでおこなったのではなかったかもしれない。

 

このような史実をベースに、童話作家である著者一流の書きっぷりで物語として仕上げられたのが本書『ライトニング・メアリ』である。

 

物語なので、様々な脚色が加えられていることを前提として読まなければならないし、「あとがき」にて著者自身が事実と創作をどのように織り交ぜているのかについて告白しているので、本書を読む場合には「あとがき」までしっかりと読んでおくべきではあるだろう。

 

あくまで、19世紀初頭に実在した少女をモチーフとした物語である。

しかし、物語だからこそ、通常の伝記では入り込めないような機微にまで踏み込んで描写されている。

すでにメアリ・アニングについて知っている人にとっては、新しいメアリ像に出会えることだろう。

 

 

併せて読むべき本

 

本書は事実と創作の入り混じった「物語」であるので、本書と合わせて伝記も読んでおくことをおすすめしたい。

本書の対象年齢は10代半ばぐらいと思われるので、本書を読めるならば下記に挙げる伝記も十分に読みこなすことができるだろう。

 

まず1冊目は、『メアリー・アニングの冒険』である。

2003年に発刊された書籍で、すでに紙の本は絶版となっているが、電子書籍での販売は続けられている。

メアリー・アニングの伝記として、日本語で読める大人向けの書籍はこの一冊のみとなっている。

彼女を取り巻く社会的な状況などにも十分に触れられているので、伝記として読む場合には優れた作品である。

 

2冊目は、子供向け学習漫画『コミック版世界の伝記 メアリー・アニング』。

子供向けと侮ることなかれ、上で紹介した『メアリー・アニングの冒険』の著者の1人である矢野道子さんが監修した作品なので、内容は折り紙付。

手軽に流れを追いたい人は、まずはこちらから読んでみることをお勧めしたい。

 

3冊目は、メアリー・アニングについて書いた本ではないが、彼女が活躍した時代の古生物に関する考え方を知るという意味で、『進化論の進化史』を挙げたい。

(リンク)

こちらは、進化論がどのように19世紀において受容されていったかということを通じて、化石で発見される古生物についてどのように考えられていたのかを理解するために、非常に良いテキストとなっている。

 

最後には、クリストファー・マガウワン『恐竜を追った人びと ダーウィンへの道を開いた化石研究者たち』だ。

前掲の『進化論の進化史』が有史以来の全時代的な変遷を追った内容であるのに対し、こちらはメアリー・アニングと同時代の古生物学者や地質学者などに対象を絞ったオムニバス伝記である。

(残念ながら絶版本であるため、古書店や図書館を利用していただかなければならない。)

 

19世紀初頭は、生物はすべからく神が創り賜うたもの、という考えが欧米においては主流だった時代であり、また、女性の社会進出に関しては現代からでは想像もつかないほどハードルの高かった時代でもあるので、その時代感覚と併せてメアリー・アニングの人生を理解したいところだ。

 



2022年09月21日