書籍紹介

奇跡の図鑑の舞台裏

『昆虫学者、奇跡の図鑑を作る』(丸山宗利 著)
シゼンノ編集部


20226月、エポックメイクな昆虫図鑑が発売された。

それが、『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』だ。

 

何がエポックメイクかというと、掲載されている昆虫の写真が「全種生体、白バック撮影」であるというその1点に集約される。

 

通常の図鑑は、白バック(白い紙や布で背景を用意し、その前に被写体を置いて撮影をする方法)での写真は標本(つまり、昆虫の死体)を被写体として用いる。生体を用いる場合には、白バックではなく自然の中での写真となることが圧倒的に多い。

 

その理由は簡単で、生きている昆虫が白バックの撮影用背景の前でじっとしてくれるわけもなく、撮影難易度が極端に高くなるからだ。

また、被写体が全て生体ということは、いちいちその対象となる昆虫を捕獲しなければならず、限られた図鑑制作の期間内で、掲載すべき種を全部捕獲した上で撮影するとなれば、とてつもなく膨大な労力が必要となる。

 

それをやってのけたのが『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』であり、発売前から昆虫好きの間では大いに話題になっていた。

 

今回紹介する『昆虫学者、奇跡の図鑑を作る』は、そんな『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』の総監修をおこなった丸山宗利さん(九州大学総合研究博物館准教授)が、その図鑑制作の舞台裏を明かした本だ。

 

 

狂騒的1年数ヶ月

 

本書はまず、著者が『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』の制作に携わることになった経緯から話が始まる。

まさにその初手で著者がブチ上げたのが、前述の「全種生体、白バック撮影」の方針である。これを、担当編集者本人が本書のコラムにおいて独白しているとおり「昆虫素人の私は都合のよい計算とともに了解」してしまい、たった1年数ヶ月でのこの難事業に乗り出してしまったわけだ。

 

どれだけ大変な事業であったかは本書をお読みいただくとして、本書から伝わってくるのはまるでソフトウェア開発における突貫工事(デスマーチとも言う)のような、阿鼻叫喚の世界である。

ただ、デスマーチと根本的に異なるのは、そこに参加する誰もが、多難な状況にストレスを抱えながらも、根本的に昆虫を捕まえて撮影することに強い喜びを覚えているということだろう。

言うなれば、参加者全員がエリート・オブ・好事家である。

 

そんな、狂騒的でありながらも、最高の図鑑を作るという1つの目的に向かって全員が突き進む様子がぎゅうぎゅう詰めに描かれた本書は、昆虫好きでなくとも共感や憧憬をもって楽しく読み進めることができるだろう。

 

 

1回だけじゃもったいない

 

本書の楽しみ方は、その狂騒的物語を読んで終わりにするだけではもったいない。

 

まずは読み物として楽しみ、次に『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』と細かく見比べながら読むという、最低でも2回楽しむべきである。

 

というのも、本書の中には大量の昆虫種に関する採集や撮影の苦労話がこれでもかと載せられており、それらの苦労話と実際の図鑑を見比べると、『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』に対する味わいもより深くなること請け合いなのだ。

 

また、本書は、『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』のどこに着目し、どのように読み解けば良いかのヒントも満載である。

どうしても図鑑は、ストーリーがあるものに比べて漫然と眺めてしまいがちになるが、図鑑の中にもストーリーが大量に込められていることが本書を通してよく理解できる。

 

もちろん、2回といわず、34回と読み直し、味がしなくなるまで咀嚼するに値する本であることは間違いない。

 


 


2022年10月26日
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