書籍紹介

心地よい散文詩のようなエッセイ

『ボタニスト』(マルク・ジャンソン 著)
シゼンノ編集部


植物園などのように、実際に生きている状態の植物を観るのが好きという方は多いと思うが、自然史博物館を訪れた際に植物標本をまず最初に観に行く、という方は比較的少ないのではないだろうか。

 

このように、植物が好きな人でも、必ずしも植物標本に強く興味を惹かれるということは少ないかもしれないが、今回ご紹介する『ボタニスト』は、そのような標本の山に埋もれて日々研究をする植物の研究者(=ボタニスト)たちの物語である。

 

 

ボタニストたちの冒険

 

本書では森の中を歩くボタニストたちを、のっけから以下のように表現している。


鼻を空につきだし、目を地面に這わせ、それぞれが自分のお気に入りの植物に夢中になり、自分勝手にはしゃぎ、周囲の足取りにはおかまいなしに、2m進むのに2時間をかける。


この描写だけを見る限り、植物の研究者も、ほかのジャンルの生物学者も、フィールドワークの様子はそれほど変わらないのかもしれない。

 

実際、本書に登場するボタニストたちは、他の生物学者と同じように様々な自然環境の中で、場合によっては極限状態まで追い込まれながらフィールドワークをする。

それは探検であり、冒険である。

 

他方、そうやって危険を冒しながらのフィールドワークで得た資料を保管している場所、本書の著者が館長を勤めるパリ国立自然史博物館の標本館は、何世紀も前から収集されてきた大量の標本が積み上げられ、およそ冒険とは遠い環境である。

しかしながら、標本をひとたび紐解けば、採取時の探検や冒険にまで思いが広がるのである。

 

 

読書体験がそのまま心地よさに

 

本書では、何世紀も前の植物学者から、現代の著者の同僚に至るまでや、さまざまな事績や研究成果についてを、オムニバスのようなエッセイ調で紹介している。

 

1編が35ページで構成されており、まるでその一つひとつがボタニストたちを歌い上げる美しい散文詩のようであり、19世紀の研究者の事績が語られたかと思えば、その話が著者自身のフィールドワークの冒険譚に重ね合わされて語られたり、かと思えば、静かな標本館の中の出来事が夢見心地のように語られていたり、非常に不思議な本である。

 

が、その夢見心地な雰囲気を共有する読書体験は、リラックスした心地よさを提供してくれるだろう。

本来、読書というのは能動的な行為(テレビにのように、勝手に目に入ってくるものと違って)なわけだが、まるで自ら読もうとしなくても、その本に身を浸しているような気分にさせてくれる。

 

面白い本を形容するのによく「読み終わるのがもったいない」という言葉を用いるが、本書の場合、「面白い」以上に「心地よい」思いで「読み終わるのがもったいない」と感じさせられるのである。

 

 

植物標本も面白い

 

博物館を訪れた際には、恐竜やクジラなどの大きな展示や、モルフォチョウなどの美しい展示につい目を惹かれがちだが、本書を読むと、一見地味な押し葉標本の中に物語を読み取れるようになるかもしれない。

そうなれば、博物館での見学がより一層の深みを増すことだろう。

 


2022年11月10日