博物館
まちを挙げてのクジラ推しの謎
シゼンノ編集部
今回取材したのは昭島市郷土資料室。
規模は決して大きくないが、そこには物理的にも学術的にもなかなかの大物の存在があった!
はたして昭島市郷土資料室はどのようなところなのか。
(取材日:2023年11月26日)
なぜ昭島市はクジラ推しなのか
東京都昭島市は「クジラのまち」である。
マンホールや街路灯などにもクジラが描かれ、市内の至るところでクジラをモチーフにしたアートを目にすることができる。昭島市全体でクジラ推しなのだ。
だが、昭島市は東京都の中でも内陸部で、海からは何十kmも隔たっている。なぜそのような内陸にあってクジラ推しなのだろうか。
その謎を解き明かしてくれるのが、今回紹介する昭島市郷土資料室だ。
JR昭島駅から徒歩10分の場所に、アキシマエンシスという市立の複合文化施設がある。このアキシマエンシスは複数の建物からなるが、その1つである国際交流教養文化棟の中に、昭島市郷土資料室がある。
アキシマエンシス国際交流教養文化棟には、郷土資料室の他に図書館やカフェ、市民ギャラリーなどが併設されており、エントランスは吹き抜けの開放的な作りになっている。実はこのメインエントランスからすでに、標本展示が始まっている。なんと、その広々とした吹き抜けの部分に全長約13.5メートルのクジラの骨格復元模型が、来館者を出迎えるかのように展示されているのだ。
このクジラこそ、昭島市がクジラ推しとなった最大の要因・アキシマクジラだ。
アキシマクジラとは?
アキシマクジラは、現生のクジラではない。約200万年前の地層(上総層群小宮層)から化石で発見された、新生代のクジラである。
その化石が発見されたのは昭和36年。昭島市内の多摩川河川敷でご子息と共に化石探しをしていた地元の小学校教諭(当時)の田島政人さんにより発見された。
発見場所は、多摩川とJR八高線が交差する、まさにその場所。
上掲の写真は発見場所の現在の様子を写したものだ。
発見された地点は、写真の中央部分。今では川底となっているが、昭和36年当時は、写真右側の岸辺のような地層(シルト岩)が剥き出しになっていたようだ。
なお、化石発見から復元までの様子は、田島さんご本人による著書『アキシマクジラ物語』に詳しいので、興味のある方はぜひお読みいただきたい。(すでに絶版となっているが、昭島市郷土資料室と併設されている市民図書館にて閲覧可能だ。)
さて、このような場所で発見されたアキシマクジラの化石であるが、なぜこのような内陸部で発見されたのか。
それは、アキシマクジラが生きていた約200万年前には、この一帯が海だったからである。もちろん、昭島市だけが海だったわけではない。今の関東平野の多くが海だったのだが、そのなかにあって、アキシマクジラの化石が発見された場所は、波打ち際にほど近い浅瀬であったと考えられている。
ただ、海とはいえ、そんな浅瀬に体長10m以上のクジラが生息するものなのかという疑問が生じる。
だが、現生のクジラも浅瀬に近づくことは多々あるし、さらには、ストランディングといって海岸に打ち上げられることも度々発生する。そのようなわけで、当時浅瀬だった場所からクジラの化石が発見されても特に不思議なことはない。
こうして昭島市で発見されたアキシマクジラは、その後国立科学博物館での保存、群馬県立自然史博物館での本格的な調査・研究を経て、ついに2018年に新種としての記載論文が発表された。
付けられた学名は「エスクリクティウス アキシマエンシス」。
そう、昭島市郷土資料室が入っている複合文化施設・アキシマエンシスの名前は、アキシマクジラの学名に由来するのだ。
その後、アキシマクジラの化石は昭島市に里帰りし、その一部は自身の学名を冠したこの施設で常時展示されている。
このアキシマクジラは、化石の保存状態が非常に良く、なんと全身の約9割が発見された。
通常、大きな生物の化石ほど、その全身が揃って見つかることが非常に稀になる。このため、全長10m以上という巨躯の9割もの骨が揃って発見できることなど滅多にない。そういう意味でも、学術的に非常に価値のある化石だと言える。
なお、郷土資料室の中では、このアキシマクジラが海を泳ぐ雄大な解説映像が投影されており、必見である。
また、アキシマクジラが発見された場所は、約200万年前当時には波打ち際に近い浅瀬であったことはすでに述べたとおりだが、海岸線は時代によって変化があった。つまり、同じ場所でもその前後の時代には陸地だったこともあるのだ。
このため、アキシマクジラが発見された場所からほど近い昭島市内の多摩川河川敷では、アキシマクジラが眠っていた上総層群小宮層の上下の地層(加住層や福島層といった、同じ上総層群の地層)から、アケボノゾウやオオカミ、シカなど哺乳類の化石のほか、昆虫や植物などの陸の生き物の化石も見つかっている。
このような化石の一部は、郷土資料室の展示で見ることができる。
図書館が併設されていることの強み
みなさんは、博物館などで展示や解説を見てもイマイチよく分からず、モヤモヤした経験などはないだろうか。
博物館などの展示施設では、さまざまな理由から必ずしも全ての解説が掲示されているわけではない。そうなると、疑問に思ったことは(場合によっては、学芸員の方に解説を求めることもできるかもしれないが)基本的には見学者一人ひとりが自力で調べなければならない。とはいえ、博物館を出た後にまで、その疑問を持ち続けることができる人は、そう多くないはずだ。
だが、昭島市郷土資料室では、併設されている市民図書館ですぐに、展示に対する疑問を解決できるのだ。
実際、郷土資料室は図書館とのシームレスな空間設計がなされている。
郷土資料室と図書館との境には、郷土資料室の展示に連動したさまざまな書籍がレコメンドされており、展示・解説の内容に対する理解を容易に深めることができるよう配慮されている。
夜のアキシマエンシス
冒頭で紹介したアキシマクジラの全身骨格は、夜になると、海で泳ぐアキシマクジラをイメージしたライトアップがなされる。(写真提供:昭島市民図書館)
ライトアップは17〜22時におこなわれており、開館日であれば、閉館まで館内からもライトアップを見ることが可能だ。写真のように館内の照明が落とされた状態でのライトアップは館内から見ることはできないが、メインエントランスに面した大きな窓からその全容を見ることは可能で、真っ暗な中に浮かび上がるアキシマクジラの姿はとても幻想的だ。
タイミングによっては異なる色でライトアップされていることもあり、そちらも必見である。
(了)