書籍紹介

自然史博物館の存在意義

『科博と科学』(篠田謙一 著)
シゼンノ編集部

2023年、国立科学博物館はクラウドファンディングをおこない、目標を大幅に上回る金額で達成した。

これを書いている2024年には巷間に上ることも少なくなったが、当時この事は普段博物館になど足を運ばないような人の耳にも広く届き、さまざまな議論含みで話題となったことは記憶に新しい。

 

今回紹介するのは、そんなクラウドファンディングの第一級の当事者である国立科学博物館艦長・篠田謙一氏が、そのクラウドファンディングの最中に筆を執り、クラウドファンディングも含めた博物館全般に対する思いや考えを綴った本『科博と科学』である。

 

 

「科学を文化に」

 

著者である篠田氏は人類学者でるが、人類学はさまざまな分野の学問と関係する。

人類学は(人間を一つの種として研究対象とするという意味で)生物学とも近接するし、地下に埋まった(場合によっては化石化した)人類の骨についてさまざまな調査をおこなうことから地質学にも近接する。また、自然史分野だけでなく、比較人類学や文化人類学、考古学のように、いわゆる「文系」とされる学問とも近接する。

実際、本書でも紹介されている国立科学博物館の2012年特別展「インカ帝国展」は篠田氏も監修者として携わっており、生物としての人類という切り口もさることながら、文化人類学や考古学などのトピックもふんだんに盛り込んだ展示内容だった。

このようなバックボーンを持つ著者だからこそ、と私は想像するのだが、「科学を文化に」する必要を本書でかなりの項数を費やして訴えている。

いわく、


優れた芸術家を生み出すためには幅広い芸術の土壌が必要です。子どもの頃から優れた美術作品や音楽を鑑賞して育つ人が多ければ、そこから優れた芸術家が誕生する機会も多くなります。(中略)科学者もそれと同じで、科学を学校教育の枠の中だけでなく、広く社会の中に定着させることができれば、優れた科学者も多く生み出すことができるでしょう。また、科学は利益のみを追求するために存在するものではないという認識が広まれば、自然科学に対する人々の捉え方も変わってくるのではと思います。


「文化」という言葉から直感的に連想される芸術や古典芸能などの業界の経済的苦境を思うと、はたして「科学を文化に」という表現が当を得ているかは議論の余地もあろうかと思う。しかしながら、上記のような意図であることを考えれば、多くの自然史ファンにとってその主張は大きく首肯できるものではなかろうか。

道のりは険しく、ゴールは果てしなく遠く感じる目標ではあるが、自然史ファンは各自の心にこのことを刻まなければならないだろう。

 

 

標本を集め続けなければならないこと

 

「博物館の標本」というと、それ自体が珍しい物、あるいは、経済的価値のある物というイメージを持っている方も多いかもしれない。

それは前述の「科学を文化へ」という思いに篠田氏が至った理由の一つかもしれない。というも、本書の中で篠田氏は「文化財」という法律上の定義について言及し、以下のように述べている。

 

自然史の博物館が収集している多くの標本は、一般的にはそれら(シゼンノ注:「文化財」を指す)には該当しません。「学術上の価値が高い」という部分の認識に違いがあるのです。文化財保護法の観点から見れば、国立科学博物館が収集しているものの大部分は価値を持たないのです。

 

では、なぜそのような「文化財保護法の観点から見れば価値を持たない」ものを収集・保管・展示しているのか。それは、自然史に対する理解の浅い人にとっての共通の疑問ではなかろうか。

これに対し本書は、環境の変化によって同一種・同一地域の生物の体色が短期間に変化した事例を挙げつつ、「新種の発見だけではなく、同じ種の標本を継続して採集していくことも重要」という解を提示している。

 

では、自然史標本について、「文化財保護法の観点から見れば価値を持たない」ものということと、自然史の学術上の実質的な価値の重さとのギャップをいかにして埋めるべきなのか。

それに対する解として、本書は「自然史財」という考え方を示し、これにもとづき自然史標本を文化財としても保護すべきものとするよう提唱している。

非常に興味深く、実現できればあるいは、クラウドファンディングに頼らずとも国立科学博物館の標本保管庫の建築・維持の予算が捻出されるようになるかもしれない。

 

ただし、2024年には奈良県立民俗博物館で大量に資料を破棄する決定がされるなど、自然史以外のジャンルについても資料の収蔵については困難な現状を考えるにつけ、なかなか楽観のできない問題ではある。

 

 

クラウドファンディングについて

 

本書の後半では、いよいよ国立科学博物館にてクラウドファンディングをおこなう決定や準備の経緯が開陳される。

詳しくは本書をぜひご一読いただきたいのだが、そこには葛藤や苦渋(本書ではそれを「パンドラの箱を開けたのかもしれません」という言葉に凝縮して表している)もありつつ、目標額を大幅に超える応募に対する喜びや感謝の念と、今後に対する熱い抱負が綴られている。

 

シゼンノ運営事務局も、このクラウドファンディングには代表個人の名義で些少ながら参加させていただいた。

また、その後も「マンスリーサポーター」としてクラウドファンディングを継続しているが、それにも参加させていただいている。それは、本書で篠田氏の思いや、加えて、集まった寄付の使途が国立科学博物館のみにとどまるものでなく、全国の自然史博物館を支援する仕組みづくりに活かされることを知ったからだ。

 

ぜひ皆様も本書を手に取り、この熱い思いを共有していただきたい。そして今後も、国立科学博物館を、ひいては全国の博物館を応援していただければと思う。



2024年10月10日
関連博物館
国立科学博物館

言わずと知れた、日本最大の自然科学分野の博物館。

  • 現生生物
  • 古生物
  • 恐竜
  • 地質
  • 地球のなりたち
  • 鉱物
  • 昆虫
  • 特別展
    鳥 ~ゲノム解析で解き明かす新しい鳥類の系統~

    2024年11月02日〜2025年02月24日

  • 企画展
    貝類展:人はなぜ貝に魅せられるのか

    2024年11月26日〜2025年03月02日

  • その他の展示
    科博NEWS展示 「ウグイスの谷渡り鳴きの新仮説-谷渡り鳴きは警報ではなくメスへのアピール」

    2024年11月26日〜2025年02月24日