博物館

「地質学発祥の地」に立つ自然史博物館

第1回 埼玉県立自然の博物館(前編)
シゼンノ編集部

博物館レポート、記念すべき第1回は埼玉県立自然の博物館。

景勝地・長瀞のほとりに立地する、自然史に特化した博物館だ。

そのルーツを探ると、他の博物館には無いユニークな側面が見えてきた?!

(取材日:2021712日)

 

長瀞は「地球の窓」?

埼玉県の長瀞は、年間約300万人もの人が訪れる人気の観光地だ。

何がそんなに人気なのかといえば、岩畳と呼ばれる、荒川河岸に広がる結晶片岩の非常に珍しい岩石段丘がおりなす景色と、その岩畳を眺めながらの川下りを目当てに訪れる人が非常に多い。

また、紅葉の名所としてもよく知られており、その時期になると渓流沿いの木々が色付いてより一層美しさが増す。

(写真は201811月撮影)



そんな長瀞だが、地質学界隈では「地球の窓」と呼ばれているのをご存知だろうか。

その訳は、岩畳を構成する結晶片岩にある。

 

結晶片岩は、実は地下のかなり深いところで形成される。

つまり、結晶片岩は地下深いところにあるはずの岩石なのだ。

それがなぜか(なぜなのかは分かっていない)、ひょっこりと地表に顔を出すことがある。そうやって地表に現れた結晶片岩を見るというのは、いうなれば、小さく開いた窓から地下深くを覗いているようなものなのだ。

 

このようなことから、結晶片岩が顕になっている長瀞を「地球の窓」と呼ぶのである。

 

長瀞は「日本地質学発祥の地」?

そんな「地球の窓」が東京から程近い秩父地方にあるのだから、研究に貪欲な明治時代のお雇い外国人の目にとまらないはずがない。

明治8年に日本にやってきた地質学者ナウマンは、東京大学理学部教授であった明治11年、助教や学生たちを引き連れて長瀞を訪れた。(ナウマンの事蹟についてはこちらを参照。)

 

このとき同行していた学生(ナウマン門下第1期生)の小藤文次郎は、翌年、長瀞を卒業研究の対象とし、また、後年、帝国大学(明治19年に東京大学より改称)の教授となって紅簾石片岩(長瀞で見られる赤い結晶片岩)を世界で始めて論文に記載した。

 

このように、早くから日本の地質学研究のフィールドとして重視されてきたことから、長瀞(埼玉県立自然の博物館の前)には「日本地質学発祥の地」の碑が建てられている。(ちなみに、この碑も結晶片岩だ。)



その後も長瀞は日本の地質学にとって重要な拠点であり続け、大正10年には秩父鑛物植物標本陳列所という、名前のとおり地質学に力点の置かれた施設が開設された。

埼玉県立自然の博物館のルーツは、実はこの秩父鑛物植物標本陳列所にあるのだ。

 

その秩父鑛物植物標本陳列所が開設されてから100年が経つわけだが、当時から引き継がれた標本が今でも埼玉県立自然の博物館で展示されている。

その1つが、ヒゲクジラの化石(下の写真)だ。当時の「陳列」の様子を収めた写真とともに展示されている。



その後、太平洋戦争の影響などにより秩父鑛物植物標本陳列所は荒廃するも秩父鉄道株式会社により再建され、さらに事業主体が県へと移管され、さらには平成に入って「埼玉県立自然の博物館」と名称を改めて今日に至る。

 

この紆余曲折を含め、知のバトンを連綿とつないでいる感じに博物館魂を見る思いがする。

 

地質学関連の展示がすごい

「日本地質学発祥の地」に立つ博物館であり、秩父鑛物植物標本陳列所をルーツに持つだけあって、埼玉県立自然の博物館(以下、本館)は地質学関連の展示が質的にも量的にも非常に充実している。

 

特に、埼玉県の大地についてピンポイントで、いかに形成されてきたのかをウン億年オーダーで詳細に展示・解説しているのは、まさに本館ならではだ。

 

もちろん、展示・解説は、埼玉の成り立ちといった昔の話に留まらず、現代の長瀞を散策するのにも非常に重要な情報を提供してくれる。

 

観光客として長瀞を散策するときに、何の予備知識もなく歩けば、それは単なる「美しい景色」にすぎない。が、本館を見学してから長瀞の岸辺を散策すると、目に入ってくる風景の情報量が圧倒的に増えるのだ。

 

たとえば、長瀞の岩畳などを構成する結晶片岩は、実はいくつもの種類がある。その見分け方を展示で学んでおくだけで、

「ああ、この緑っぽいのは緑泥石片岩、赤いのが紅簾石片岩、黒っぽいのは石墨片岩だな」

などと区別がついて、それだけでも理解の解像度が増すというわけだ。

(ちなみに、どれも地下深くの高い圧力で変成してできた片岩だが、同じ片岩でも元になっている素材がそれぞれ全く異なっている。そんなことも展示から学ぶことができる。)

 

また、長瀞の名物として「虎岩」という、ちょっと特徴的な結晶片岩が本館近くの荒川岸辺にあるのだが、その虎岩がどんな特徴を持つ岩なのかを知らずに見に行っても、どれがその岩なのか分からずに岸辺を彷徨ってしまう可能性が高い。(実際、かつての私がそうだった。)

それが、予め本館で展示を見て、

「あー、虎岩はこういう色(茶褐色)なんだな。専門用語だと、スティルプノメレン片岩という岩石なのか。」

と理解しておくだけで、どれが虎岩なのか分からないなどという笑えない事態を避けられるのである。

 

観光地解説という切り口から見ても、ここまで懇切丁寧な解説はなかなか無いのではないか。

(写真手前が、結晶片岩のコーナー。奥が、埼玉の大地の変遷を解説しているコーナー。)



さて、次回は後編。

秩父地方から発掘された化石と、その化石たちが生きていた時代についての話です。

 

ぜひお楽しみに!


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2021年07月31日
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