博物館
貝ばかりの博物館、でも、貝だけじゃない
シゼンノ編集部
前編では、真鶴町立遠藤貝類博物館(以下、「本館」)の成り立ちについてお話ししたが、後編では本館の展示内容や、その他のアウトリーチ活動などについて紹介していきたい。
(取材日:2022年7月27日)
相模湾の貝類・生物
本館の展示室は4つで構成されている。
最初の展示室は相模湾のコーナー。
この展示室で最も目を引くのは、壁一面を使った真鶴岬の磯のジオラマである。
実はこのジオラマ、岩場などの大枠部分は専門の業者によって制作されたものだが、その中に展示されている生物たちは全て本館の自前なのだそうだ。
ここで注目したいのは、このジオラマに多数配置されているウミウシやイソギンチャクなど、貝類以外の動物だ。
貝類に関しては貝殻を置けば済むが、ウミウシやイソギンチャクなどはどのようにして作ったのか。
それは、なんと初代館長が紙粘土で自作したのだという。
紙粘土といっても、子供の工作のような出来栄えでなく、プロ顔負けの非常に精巧な作りになっている。
実際に、本館を訪れたジオラママニアの人からも驚きの声が寄せられたそうで、必見である。
このジオラマで学習してから実際に磯に下りて観察をしてみたり、また、磯で観察した後に、このジオラマで改めて振り返ってみたりなど、ぜひ磯と往復しながら学習に役立てたい展示である。
日本全国の貝類
次に紹介するのは、日本全国の貝を展示した展示室だ。
この展示室では、暖流地域に棲む貝類と寒流地域に棲む貝類の対比がされていたり、陸貝のコーナーもあったりなど興味深い展示が目白押しなのだが、それ以上の目玉が、遠藤晴雄氏が特に力を入れて収集したオキナエビスガイのコレクションである。
オキナエビスガイは、かつては化石でのみ知られる種であったが、19世紀に生きている個体が発見された。
その多くは深海棲で、一番の特徴は殻口から伸びるスリットである。
このスリットは水流を殻の中まで導くための構造で、呼吸と排泄に役立っている。しかし、現生のより進化した巻貝ではすでに失われた“古い”特徴である。オキナエビス類は地質時代から現在に至るまで、この形質を継承し続けている進化の生き証人(貝)であり、まさに「生きた化石」だ。
本館には27種のオキナエビスガイが展示されているが、これは遠藤氏が収集をしていた当時に知られていたほぼ全種であるという。(現在では約50種が知られている。)
これだけ一堂にオキナエビスガイ類が並ぶと圧巻である。
世界の貝類
次に紹介するのは、世界の貝を展示した展示室だ。
こちらには、海外に生息する貝類(陸貝も含め)が展示されている。
オオシャコガイなど巨大なものから、日本ではちょっと見かけないような色合いの貝まで、バラエティに富んだラインナップである。
これらには遠藤氏が私財を投下して現地で買い付けたり、オークションで競り落としたりしたものが多数含まれている。
気の遠くなるような、貴重なコレクションである。
貝類以外の展示
最後に紹介するのは、貝類以外の海の生物についての展示室だ。
実は本館では、貝類以外の海の生き物についてのアウトリーチ活動にも力を入れており、その一環として、展示室の1つは貝類以外に割り当てている。
たとえば、真鶴町沖合の定置網にかかったクジラの骨格標本。こちらには直接手を触れることもできる。
なお、定置網にかかったクジラは、生きていればすぐリリースするが、こちらは発見時にすでに白骨化がすすんでいたため、本館で引き取ったという経緯がある。
他にも、貝類以外の海の生物を紹介したり、また、海洋漂流物とそれに付着する生物なども展示されており、より広い視点で海の生態系を考えさせられる。
イベント
本館では、イベントにも力を入れている。
磯の生物観察会や、海の自然を学ぶ教室など、NPO法人ディスカバーブルーと共同でイベントを開催している。
(ちなみに、ディスカバーブルーはかつて私設博物館のあった旧遠藤邸に事務所を構えている。)
博物館のすぐ近くに絶好の自然観察ポイントがあるというのは、このようなイベント開催においてもまたと無い好立地と言えるだろう。
冬季など、磯での生物観察が難しい時期にも、趣向を凝らしたユニークなイベントをおこなっているので、要チェックだ。
イベントの開催告知や参加者募集については公式HPにおいて随時行われているので、そちらをご参照いただきたい。
ミュージアムグッズ
受付ではオリジナルグッズも販売している。
中でも特筆すべきは、遠藤氏が当時の私設博物館を版元として出版した『細谷角次郎 貝類圖絵』である。
前編でも述べたとおり、細谷角次郎氏は遠藤氏の貝類収集の師であるが、その細谷氏が描きためた貝類の画集である。
画風は、いわゆる博物画とは異なり、写実的でありながらも日本画を想起させるような柔らかいタッチである。
全ページにわたってフルカラーという贅沢な作りの書籍であるため、当初の販売価格はかなり高額であったものの、現在はそれに比べてかなり購入しやすい金額で販売されている。訪れた際にはぜひ手にとって確認してみてほしい。
(了)