書籍紹介
クジラを通して未来を考える
シゼンノ編集部
博物館に大きなクジラの全身骨格標本が展示されていると、なんだかテンションが上がってしまう人も少なくないだろう。
東京海洋大学の博物館に併設されている鯨キャラリーには、セミクジラとコククジラの全身骨格標本が展示されていて、一般の人でも間近で見学することができるので、そんな人にはお勧めのスポットだ。
さて、今回紹介する本は、そんな東京海洋大学の鯨キャラリーのリニューアルにも関わったクジラ研究者による、研究者として独り立ちするまでの半生を自伝的に描いた『クジラの骨と僕らの未来』(中村玄 著)だ。
クジラに至るまで
クジラ関連の書籍については、過去に田島木綿子さんの『海獣学者、クジラを解剖する。』を紹介したことがあるが、その本は主にストランディング個体の解剖のお話であった。
今回紹介する『クジラの骨と僕らの未来』(中村玄 著)は、ストランディング個体の解剖の話もあるが、広くクジラ研究全般に関することに触れてられている。
話は、著者の幼少期の思い出から始まる。
そこに描かれるのは、小学校から大学まで一貫して骨格標本を作ってきたという、なかなかマニアックな生活ぶりである。
その流れでストランディング個体を解剖した話も登場するが、その話はクジラの骨格、内臓などの体の仕組みの話で締め括られる。
それよりも、本書の最大の見せ場は第二章で描かれる南氷洋での調査捕鯨の話であろう。
シーシェパードとの戦い
第二章では、南氷洋での調査捕鯨船に乗り込んだ著者の、日々の調査や生活が面白おかしく描かれている。
まだ大学4年生で、卒論の提出直前での半年間の航行ということで大きな逡巡もあったようだが、結局著者は船上の人となった。それが2006年のことである。
調査捕鯨をする中で、スリリングな場面もあったという。
それは、シーシェパードによる妨害行動に遭ったことだ。
最近では、日本での活動がやりにくくなっていることなどもあってか、日本でシーシェパードのニュースを耳にすることはほとんど無くなったが、捕鯨の妨害行為といえばシーシェパードを連想するほど2000年代のシーシェパードは活動を激化させていた。
著者の乗った調査船は、まさにその妨害行為を受けたということである。
もちろん、シーシェパードばかりが本章のテーマではないが、一つの大きなトピックとして非常に興味深い。
なお、現在は、2019年に日本がIWCを脱退したことに伴い、南氷洋でのいわゆる捕鯨調査はできなくなり、非致死的調査(クジラを捕殺せず、皮膚のサンプルを採取するなどに留める調査)のみおこなわれている。
参考)
- 令和3年度(2021年度)「南極海鯨類資源調査」を実施します(水産庁)
- 令和3年度(2021年度)「南極海鯨類資源調査」を実施した調査船が帰港しました(水産庁)
そして、研究者として独り立ちへ
第三章以降は、修士過程、博士課程と進み、そこでの研究が論文として世界的に認められる過程が描かれている。
世界各地の博物館を訪れ、骨格標本の頭骨を計測し、論文にまとめあげるという地道な活動である。
その中での、現地の研究員や、世界各国から集まっている研究者との触れ合いなども、まさに研究者として独り立ちしていく中での一コマと言えよう。
本書は版元である理論社の「世界をカエル 10代からの羅針盤」というシリーズの1冊で、2022年には青少年読書感想文全国コンクール高等学校の部の課題図書に選定されるなど、まさに将来について岐路にある時期の青少年が読むことを企図されている。
このため、本書の構成は生い立ちから研究者として独り立ちするまでとなっているのだが、熟年を迎えた大人が読んでも十分に楽しめるものであり、また、自身の子供が進路を決定するのを見守る(時に相談に乗る)といった場合にも役立つ視点を提供してくれるものだろう。