書籍紹介
みんな大好き、クジラやイルカ その研究とは
シゼンノ編集部
『へんなものみっけ!』を紹介した際に、登場人物のモデルとなった国立科学博物館所属の研究者である田島木綿子さんの話題に触れたが、その田島さんが初めて一般向けの単著を発刊した。
今回紹介する『海獣学者、クジラを解剖する。』がそれである。
(やはり)緊急に呼び出されてしまう比較解剖学者
著者は、クジラやイルカをメインの研究対象とする比較解剖学者だ。
当然、クジラやイルカを研究対象として狩ったりすることは、今の時代まず無理だ。
ということで、海岸にイルカやクジラが打ち上がったりすれば、それは研究の貴重な機会ということになる。
つまり、そのような機会があれば、何を差し置いても解剖道具を担いで現場に駆けつけるのが著者の仕事となる。
まさにそのような状況から、本書は始まる。
「この感じ、どこかで読んだことがあるぞ」と思ったら、以前紹介した『キリン解剖記』(郡司芽久 著)だった。
郡司さんもそうだが、大型哺乳類の比較解剖学者の日常としては、急な呼び出しと、解剖対象である巨体との体力勝負という部分は共通するのだろう。
体力勝負という意味では、クジラの解剖はキリンのそれを上回っているのではないか、という印象を得た。
というのも、クジラの巨体を運ぶのは物理的に難しいため、打ち上がったその海岸で解剖をするしかないのだが、時には寒風吹きすさぶ真冬の海岸で作業するなんてこともあったり。
もし自分がその場に立たされたらと思うと、生命の危険を感じるようなシチュエーションだ。
また、クジラの身体の構造上、腐敗が進むのが早く(その理由は本書を読んで欲しい)、解剖時の腐敗臭が半端ないそうである。
ただ、当事者である著者本人は非常に楽しげである。
これこそ研究者魂なのだなと、つくづく思い知らされる。
ストランディングの実態
ここまで、「海岸にイルカやクジラが打ち上がる」と何の前置きもなしに書いてきたが、みなさんもニュースなどでそんな話題を目にすることもあるのではないか。
そのような「海岸にイルカやクジラが打ち上がる」ことを「ストランディング」と呼ぶのだが、実は日本だけでも年間300件近く発生しているそうだ。
その原因は何か1つに集約されるのではなく、都度異なっていたり、複数の要因が重なったり、または、全く理由を特定できなかったりなど、様々なのだそうである。
その原因を少しでも特定するためにも、1体でも多く解剖して原因を特定することが重要なのである。
もちろん、ストランディングしても、必ずしも死んでしまうわけではないし、生きている個体を解剖するわけではない。
生きていれば、生きているうちに海に返す努力を最大限にする。
ただ、一度ストランディングしたクジラやイルカを再び海に返すのはなかなか難しいようだ。
そのあたりも、本書では著者の経験を元に語られている。
海洋プラスチックごみは、やはり問題なのだ
本書の最後では、海獣たちが生きる海の環境問題についても言及されている。
特に、プラスチックごみによる海洋汚染が海獣たちに与える負の影響について、現状では分からないことも多いとしながらも、強く警鐘を鳴らしている。
海洋プラスチックごみ問題については、昨年からレジ袋有料化など、我々の生活に直結したところでの議論や施策化も活発な分野ではあるが、全体像を理解している人は少ないかもしれない。
それでも、レジ袋がそのまま海中に浮遊してカメやイルカが誤飲したり、海鳥に絡まったり、などのような問題は直感的にも理解しやすいが、むしろ深刻なのはそのような大きいプラスチックごみ(マクロプラスチック)ではなく、直径5mm以下の小さなプラスチックごみ(マイクロプラスチック)の問題であることについては、ほとんど一般に浸透していないのではないか。
本書を読んで、マイクロプラスチックの問題についてさらに知りたいと思った方には、『海洋プラスチックごみ問題の真実』(磯辺篤彦 著)をお勧めしたい。
この分野に疎い一般の読者でも(というか、むしろそういう人にこそ)読みやすいように、第一人者が要点を噛み砕いて書いてくれており、しかもボリュームも非常に抑えられていて気楽に読める一冊だ。
2021年07月25日
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