博物館
名古屋港水族館は標本展示こそ見逃すな!
シゼンノ編集部
当サイト(シゼンノ)で扱う情報は博物館など標本を展示・解説・研究する施設に限定しており、生体展示施設の情報はほぼ扱っていないのだが、今回紹介するのはなんと水族館。
名古屋港水族館である。
なぜ水族館を紹介するのか。その答えは、記事をお読みいただければ自ずとご理解いただけるものと思う。
(取材日:2024年5月21日)
名古屋港水族館はこんなところ
名古屋港水族館(以下、「同館」という)は北館と南館で構成される巨大施設で、延べ床面積や水槽の総容量は日本最大級の規模を誇る。
北館と南館ではコンセプトが大きく異なり、南館では「南極への旅」をテーマに日本から南極に至るまでの様々な環境で暮らす魚やウミガメ、無脊椎動物を中心に飼育・展示しているが、北館ではイルカやシャチなどの鯨類を中心に飼育・展示している。
そのイルカやシャチなどの鯨類たちが元気に泳ぎ回る北館の大水槽は、なんと日本最大で、その巨大水槽でおこなわれるパフォーマンスなどのイベントも圧巻の一言に尽きる。が、イベントだけが北館の見どころだと思ったら大間違いだ。
イルカやシャチのイベントを見るスタジアムはもちろんのこと、その巨大水槽を横から見ることのできる水中観覧席、イルカたちを間近で見ることのできる展示プールなど、鯨類たちを慈しむ仕掛けは枚挙にいとまがない。
なお、筆者個人としては、「オーロラの海」と名付けられたコーナーで間近に見られるベルーガの愛らしさにメロメロである。
だた、今回この記事で紹介したいのは、これらのいずれでもない。
この北館には、自然史博物館の情報サイト・シゼンノとしてはどうしても紹介せずにいられない特別なコーナーがあるのだ。
その名も「進化の海」。
それはいったいどんなコーナーなのか。
「進化の海」
みなさんは、水族館で「進化」についての詳しい展示を見たことがあるだろうか。
たとえば、水槽の前に掲示された解説フリップで、進化についての数行程度の解説をご覧になったことはあるかもしれないが、数千万年前にまで遡って進化をとことん掘り下げるような展示・解説は、水族館ではほとんど目にすることはないだろう。
しかし、その例に反して名古屋港水族館では、鯨類の進化について自然史博物館も顔負けの充実した展示コーナーがある。
そこでは、まだ原初のクジラが四つ足歩行をしていた頃から始まって、現生のイルカ、シャチ、クジラなどに至る進化の過程が、豊富な骨格標本と充実の解説パネルで克明に展示されている。
そのコーナーこそが「進化の海」だ。
これに匹敵するほどの化石骨格標本を取り揃えて、鯨類の進化についてこれほど詳しく展示・解説しているのは、日本では国立科学博物館と福井県立恐竜博物館ぐらいではないか。(※シゼンノ編集部調べ)
加えて、その骨格標本の展示の仕方も、見学者にはありがたい親切設計である。
通常、鯨類化石標本は大きな展示スペースを必要とするため、多くの博物館では目線の高さには展示されず、天井から吊り下げられているのを下から見上げるしかない場合が多い。
その点、「進化の海」の化石標本は、贅沢なまでの広々とした空間に、間近で細部まで観察できる距離感で標本が設置されている。
やはり間近で見ると、サイズ感だけでなく、歯やアゴの作り、鼻の位置、足の作りなど、鯨類の進化を考える上で欠かせない細部までしっかり肉眼で観察できる。
もちろん、「進化の海」はただ標本が並べられているだけのコーナーではない。
広い展示スペースの壁面を埋め尽くす巨大な解説パネルでは、クジラの祖先が発生した新生代初頭から現代に至るまでの進化の枝分かれの図(系統樹)と、多数の復元図などを用いながらその時々の鯨類の特徴を丁寧に説明している。
つまり、原初のクジラから始まり、現生の鯨類(イルカ、シャチなど)まで進化の流れに沿って一気通貫に深く理解することができるのが、この「進化の海」なのだ。
どうして「進化の海」は作られたの?
そもそも何故、水族館でこれほどまでに充実した古生物標本展示をしようと考えたのだろう?
この疑問を率直に、同館の担当の方にぶつけてみた。すると、同館や担当の方々の並々ならぬ熱意の結果だということが分かった。
もともと名古屋港水族館は現在の南館のみでスタートした水族館であった。それが、2001年に北館を開業させるにあたり、南館とは異なったコンセプトで展示設計をしようと考えたのだという。
南館は先にも触れた通り、「南極への旅」をテーマにしている。つまり、現在の地球を地理的な(空間的な)ベクトルで表現した施設であると言える。
これに対し、新たに作る北館は太古からの生命の営みという時間軸に沿った展示をしようとしたのである。
水族館は通常、現生生物(特に生体)に焦点を当てる施設なのだから、これがいかに冒険的で意欲的な試みか容易に想像できるだろう。
とはいうものの、同館は水族館なので、古生物学を専門とするスタッフは全く在籍しておらず、鯨類の進化に関してそれを実現することは、同館のスタッフだけでは不可能であった。このため、専門家の監修を受けて、「進化の海」を含む北館の展示が作られたのである。
さらに、オープンから20年近く経ち、この間に鯨類の進化に関する新たな発見などもあり、2018年に展示内容をリニューアルした。そこで登場するのが、福井県立恐竜博物館の一島啓人氏である。
一島氏は鯨類の進化に関する第一人者であり、まさにその人によって「進化の海」の監修が隅々まで行われたのである。
また、解説パネルの構成・写真は鯨類に関する写真や著書を多数上梓している水口博也氏が担当し、その水口氏の著書のブックデザインを手がけた椎名麻美氏がパネルのデザインをした。絶滅した鯨類たちの復元図は脇坂祐三子氏が描き起こした。
スタッフの猛勉強だけではなく、たくさんの人たちの総力が結集され、この素晴らしい展示ができあがったのである。
さて、「進化の海」に関する前提はここまでとして、前編を終わりにしたい。
後編では、さらに細部について話を掘り下げていくので、期待して欲しい。
(後編へ)