博物館

金生山の化石コレクション

第16回 金生山化石館(後編)
シゼンノ編集部

前編では、金生山化石館(以下、「本館」と表記)の成り立ちや全体像について紹介した。

後編では、個々の展示について掘り下げていくことにしよう。

 

(取材日:2023918日)

 

 

金生山の化石はデカい?!

 

本館に展示される化石は、そのほとんどが金生山から採集されたものであるが、最も目を引くのはウミユリの大きさである。

ウミユリといえば、まるで植物のユリに似た外観を持つことから名前に「ユリ」という言葉が入っているが、実際には植物ではなく動物である。茎のように海底の地面から伸びる細長い部分の先に、花を開かせているかのような冠部が付いているという、とてもユニークな姿をしている。

このウミユリの茎のような部分(実際に「茎部」と呼ばれる)の太さは通常せいぜい2mm10mm程度であり、20mmを超えるものは滅多に見られないが、金生山のウミユリは、直径50mmを超えるものが多数発見されている。なかには80mmもの太さの化石も発見されており、金生山は世界でも非常に珍しいウミユリ化石の産地だと言える。


ただし、ウミユリは死ぬと茎部がバラバラになってしまうため、全体が原型をとどめて化石化することが非常に珍しい。金生山から見つかるウミユリも例外ではなく、そのため種の同定はできず、なぜ金生山のウミユリがこんなにも太いのかも不明だ。

また、金生山のウミユリ化石は、茎に刻まれた溝のパターンで3種類に分けられるのだが、このパターンの違いは種の違いを表しているのか、それとも成長段階の違いなのか、それも謎に包まれている。

 

 

金生山は、貝もデカい?!

 

君は、全長1m以上にもなる二枚貝を知っているか?

 

現代であれば、オオシャコガイという巨大な二枚貝がいるが、古生代ペルム紀にもそれぐらい巨大な二枚貝がいた。それがシカマイアである。

シカマイアは1968年、世界で初めて金生山で発見された。そのため、発見された地名を学名にし、シカマイア・アカサカエンシスと名付けられた。

(下掲写真はシカマイアの実物標本)


ただ、このシカマイア、一部分を除いて貝の殻が薄く、そのため完全体で残っている化石が無く、また、岩石から掘り出すクリーニング作業も非常に困難な化石である。

それが、2010年代、当時まだ研究者の卵であった安里開士氏(現在、福井県立恐竜博物館所属)が根気強くクリーニングをおこない、初めてシカマイア・アカサカエンシスの全体像を明らかにしたのである。

 

その復元図(復元模型)は、もちろん本館にも展示されているので、ぜひその目で確認してほしい。

 

 

本当の見どころはここだ!

 

本館を見て回ると、ニッポノマリアという巻貝の化石が随所で展示されている。ウミユリやシカマイアに比べれば小さいが、現代の日本に生きる我々が普段目にするような巻貝に比べるとかなり大きい。

実はこの巻貝こそが、本館の真の見どころなのだ。


ニッポノマリアは学名「ニッポノマリア・ヨコヤマイ(Nipponomaria yokoyamai)」といい、1943年に記載論文が発表されたのだが、当時は「プレウロトマリア・ヨコヤマイ」という名前が付けられていた。

 

ここでいう「プレウロトマリア」というのは、この貝の属の名前である。やや不正確な説明になるかもしれないが、「プレウロトマリア・ヨコヤマイ」というのは、「プレウロトマリア属のヨコヤマイという種の貝」という意味の名前なのである。しかしながら、プレウロトマリア・ヨコヤマイは、そもそもプレウロトマリア属ではないのではないかと疑問視されていた。(プレウロトマリア属とはオキナエビスという貝の属名であり、実際ヨコヤマイはオキナエビスとよく似ている。オキナエビスについては、真鶴町立遠藤貝類博物館の紹介記事で取り上げているのでご参照ください。)

 

結局その後の研究でプレウロトマリア属であることは否定され、学名がバスロトマニア・ヨコヤマイへ変更、さらにゾンガスピラ・ヨコヤマイに変わり、2010年代に入ってさらにニッポノマリア・ヨコヤマイに変わった。

本来、学名はそうそう変わるものではなく、これほどまでにコロコロと名前が変わった例は非常に珍しいのではないか。

 

ただ、学名はコロコロ変わっても、マニアの間では不動の人気を誇るのがこの貝なのだ。

 

 

実は化石だけじゃない

 

実は、展示のごく一部ではあるが、金生山から採掘された各種岩石・鉱物の展示もされている。その中にあって、赤鉄鉱は特筆に直する。

 

今でこそ石灰岩ばかりが採掘される金生山だが、かつては良質な鉄鉱石(特に赤鉄鉱)も産出したそうで、赤鉄鉱に由来する赤い土は顔料などにも使用されたそうである。

「美濃赤坂」の「赤坂」という地名はまさに、この赤鉄鉱による赤い斜面に由来するとも言われており、金生山の名前の由来も「金(ゴールドではなく金属の意味)を生む山」から来ているという話もあるそうだ。そのような由来があるほど豊富な埋蔵量だったらしいが、鉄鉱石の採掘は昭和25年に終了し、今では完全に掘り尽くされたとされている。

(下掲の写真は、本館に展示されている金生山産出の赤鉄鉱。驚くほど赤い)


しかしながら、20235月に本館の主宰する金生山化石研究会が採掘場で化石と地質の調査をおこなった際に、ごく僅かではあるが、鉄鉱石を発見したそうだ。もちろん、鉱業として成り立つような埋蔵量は無いと思われるが、それでもワクワクする話ではないか。

 

 

ここには書ききれなかったが、他にも魅力的な実物標本に溢れている本館にぜひ足を運んでいただき、その目で実際に確かめてみてほしい。

 

(了)


2023年10月30日
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